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機動六課が解散し、なのはとヴィヴィオが二人で暮らし始めて1ヶ月ほどたったある日の事。

「ママ〜…」
そろそろ寝ようかと準備を進めるなのはに、ヴィヴィオが不安そうな声をかけてきた。
「どうしたの?」
すっかり母親が板についたなのはは優しく聞き返したのだが、
「ん〜と…。」
と、何故かヴィヴィオの歯切れが悪い。
ほんの少し、?を浮かべてヴィヴィオを見ていたなのはは気がついた。
ヴィヴィオは両膝をモジモジとすり合わせている。
「もしかして、おしっこ?」
「うん…。」
申し訳なさそうにヴィヴィオは肯く。
「付いて来て欲しいの?」
「…。」
声には出さずにコクリと首を縦に振りそうだと示すヴィヴィオ。
どうやら恥ずかしがっているらしい。
珍しいとなのはは思った。
聖王の記憶の影響か、普段のヴィヴィオは夜でも一人でトイレに行ける子だ。
それが、この日に限ってついて来て欲しいという。
「…さっきの心霊番組が原因かな?」
「おばけ怖い〜…。」
記憶だけでは越えられない壁というモノもあるようだ。

◆ 傷跡 ◆

「ごめんなさい。」
トイレを終え、ベッドに潜り込んだヴィヴィオは、隣に横たわるなのはにそんな言葉を吐いた。
よっぽど怖かったのか、それとも羞恥の所為かその声は鼻声だ。
「謝らなくていいよ。ママも子供の頃はお化け怖かったし。」
「うん…。」
「さ、もう寝よう?」
「うん…。」



「ねえ、ママ。」
眠れないのか、しばらく目を閉じていたヴィヴィオが不意に眼を開け、なのはに話しかける。
「なあに?」
なのはもまだ起きていたらしく、目を開けてヴィヴィオの顔を見つめる。
一瞬、聞くかどうかを迷う素振りを見せた後、ヴィヴィオはなのはに問いかけた。

「あのね、ママが一番怖いものってなあに?」

「私の一番怖いもの?」
「うん…。」
意外な質問になのはは驚いた。
が、直ぐに何が一番怖いか?と自分に問い始める。
「う〜ん。」
目を閉じて唸るなのは。
適当にあしらおうという考えは浮かばなかった。
ヴィヴィオの眼は真剣だった。
どんな意味か、どんな心境かは分からないが。
彼女にとって、この質問は大事な事なのだ。

暫く唸った後、なのははゆっくりと眼を開きヴィヴィオを見つめる。
ヴィヴィオはまだなのはを見つめたままだった。
そんな娘に向かい、なのはは静かに話し始めた。

「私の怖いものは3つ有るんだけどいいかな?」
「3つ?」
「どれも怖くて、順番が付けられないから…。」
「…うん、分かった。3つでいいよ。」
「フフ、ありがとう。一つは空を飛べなくなる事。」
「空?」
「昔ね、ママ無茶して大怪我したことがあったの。
その時、もう2度と魔法は使えないかもしれないし、歩けるようになるかも分からないってお医者さんに言われたの。」
「―ッ」
ヴィヴィオが驚き息を飲むが、なのははそのまま話を続ける。
「その時、歩けないって事も怖かったけど、魔法を使えない―空をもう飛べないって事の方が怖かったんだ。」
「―空を飛べない方が嫌だったの?」
「うん、―ママちょっと変だから。」
クスクスとなのはは笑うが、ヴィヴィオは笑えない。
それは『ちょっと』じゃなくて『すっごく』じゃないかなァ?などという考えが浮かぶ。
「私は戦技教導官…魔法の先生になるのが夢だったし、空を飛ぶの大好きだったから。
夢と好きな事、両方無くなったんだって言われたみたいで凄く怖かった。
何とか教導官にはなれたから、だから今は飛べなくなる事が怖い…かな。」
「…ちょっとだけ分かる。2つ目は?」
「二つ目は…。」
「わッ?」
突然、なのははヴィヴィオを抱きしめた。
「2つ目はヴィヴィオを失う事。」
「…ママ。」
「あの時、私凄くヴィヴィオの事が心配で、不安で、辛くて…どうしていいか、自分では分からないくらい怖かった。」
なのはの両腕に力が籠る。
「もしもう1度って思ったら…凄く…怖い。」
「…ヴィヴィオも、怖い。」
そう言って、ヴィヴィオもなのはを抱きしめる。
「うん。」
暫くの間、二人は無言でお互いを抱きしめ続けた。

お互いに落ち着き、抱きしめ会う腕から力が抜けた頃。
「ねえママ…。3つ目は?」
ヴィヴィオはなのはに最後の質問をした。
「3つ目は…。」 娘を抱擁するなのはの返答は…、
「ごめん、内緒。」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?」
ヴィヴィオにとって最も予想外のものだった。

「何でェ〜?ママ何でェ〜?」
先程の感動の抱擁はどこへいったのか、ヴィヴィオはふくれっ面でなのはを問いただしていた。
「もう、何ででも!ママにだって話せない事はいっぱいあるの。」
「む〜〜〜ッ、ず〜る〜い〜。」
やがて、文句を続けても話してくれなさそうだとヴィヴィオが諦めた頃、
「ねえ、ヴィヴィオはどうしてママの怖いものが知りたかったの?」
今度はなのはが質問した。
「3つ目、言ってくれたら話す。」
「ダ〜メ。ママは2つ話したんだから、ヴィヴィオも2つまでは話さなきゃならないんだよ?」
「え〜〜〜ッ」
ささやかな駆け引きを試みたものの、あっさりと粉砕されたヴィヴィオは不満の声を上げた。

「ん…とね、おばけが怖かったの。」
「うん。」
元々話すつもりだったのだろう、程なくしてヴィヴィオは理由を話し始めた。
「おばけが怖くてトイレに行けなくて…、思ったの。」
「何て?」
「ヴィヴィオ、管理局に入れるのかなァ…て。」
「…んっと。」
要領を得ない娘の話に、なのはは頭を悩ませる。
ヴィヴィオはお化けが怖い。
お化けが怖くてトイレに行けなかった。
そして管理局に入れるのかと悩む。
「お化けが怖いと管理局に入れないの?」
「うん…。管理局に入ったらきっと怖い事いっぱいあるもん。」
「ああ、そういう事か…。」

ようやく娘の悩みが何なのか理解する。
ヴィヴィオは将来、管理局に入る気でいる。
何しろ親しい人間の殆どが管理局の関係者なのだ。
ヴィヴィオが管理局員を目指すのは当然の事だった。
だが今日の出来事で、ヴィヴィオは
『お化け怖さでトイレに行けなくなるような自分が、管理局に入って仕事ができるのか?』
そう思い悩んだのだ。
ヴィヴィオは戦いの怖さを知っている。
戦いが、怖いという事を知っている。
だから管理局に入ったとき、自分が戦えるのか?
今日のように怖さに屈してしまうのではないか?と不安になったのだ。
「…ヴィヴィオの悩みは分かったけど、どうして私の怖いものを聞きたくなったの?」
「ママは管理局でお仕事出来てるでしょ?だから知りたかったの。
なのはママには怖い物がないのか、それとも怖い物があるけど頑張ってるのか…。」
「…そっか。」
「ママの怖いもの、2つともヴィヴィオも怖かった。
でもママは頑張って管理局のお仕事してる…。ヴィヴィオも頑張りたい!」
「うん。偉いよ、ヴィヴィオ。」



数十分後―。

ヴィヴィオは静かな寝息を立てていた。
その横で、
「しっかりしてるなァ…。私がこの歳の頃って友達もいなくて、ほとんど引きこもり状態だったのに…。」
などと呟きながらなのはは愛娘の寝顔を堪能している。
「ごめんね?3つ目、教えてあげられなくて…。」
そっと謝罪をし、自らも眠りに入るべく眼を閉じる。
だが、
(あ〜あ…。せっかく、最近は忘れられてたのに…。)
閉じたなのはの眼にはっきりと浮かぶ物があった。
幼い頃に1度だけ見た、あの傷跡だった。


なのはが10歳の夏。
ハラオウン家や八神家の面々とミッドチルダで海水浴に出かけた。
当然、ユーノも一緒だ。
泳ぐのは勿論のこと、ビーチバレー、棒倒しに砂風呂とみんな大いに楽しんでいた。
お昼を食べ終わり、少し休憩をした後また泳ごうと海へと向かおうとしたとき、
「何だよユーノ、お前また泳がねえのか?」
とヴィータがそうユーノに突っかかっていった。
この頃のヴィータは、初めて会った時の戦闘で傷一つ付けられなかったユーノの事をライバル視していて、
よくちょっかいを出していた。
「泳げねえのか。」などとからかっているうちに、クロノや他の面々が加わっていった。
ついに観念しパーカーを脱いだユーノの、左の脇腹に大きな傷跡があった。

帰りの途中なのはは本局内にあるユーノの自室に、話があると寄った。
その傷がいつ付いたのか知る事が出来たのは、なのはだけだった。
当然だ、その傷は二人が他の皆と会う以前に付いたもの。
なのはがユーノに出合った時に負っていた、あの傷の跡だ。

当時のユーノの部屋は、裁判中のフェイトが住んでいたのと同タイプの部屋で、
せいぜいホテルのシングル部屋程度の広さしかなく。
本棚を置いたらソファを置くスペースがなかった。
一応机と椅子が一組有り、片方がそちらに座る事もあったが、なのはとユーノはベッドに並んで座る方が多かった。
その日も二人は備え付けのベッドに並んで腰かけた。
…ただ少し、二人の距離はいつもより開いていた。

「その傷跡って、あの時の…私達が出会った時の傷だよね?」
話の間、なのははずっと俯いていた。
「うん…。傷口を塞ぐのは出来たんだけど、魔力が切れちゃったからね。ちゃんと治せなくて…。」
反対に、ユーノはずっと天井を見上げていた。
「あの時…、ユーノ君何時間くらいあそこで気を失ってたの?」
「…なのはに会った時はもう日が傾いてたから、たぶん12時間以上。」
「あの時のユーノ君、怪我が治ったらなのはとお別れして、また一人でジュエルシード探しするつもりだったよね?」
「…そうだね、そのつもりだった。」
「怖く…、無かったの?」
「…そりゃあ、ちょっとは怖かったよ。」
「…あの時の『助けて』って………。」
「ん?」
「ごめん、今の…なし、ね?」
「うん…。」
「ユーノ君無限書庫の司書、続けるんだよね?」
「そりゃあ始めたばかりだから、当分は続けるよ。」
「…そっか。」

なのはがユーノの部屋から出て行ったのは、それから1時間くらい経った後だった。
それ以上とくに話しをする訳でもなく、ユーノが淹れたココアをいつもよりゆっくり飲んだりして過ごした。


眼を開いたなのはの前では、愛娘が変わらぬ寝顔を見せていた。
枕元の時計を見ると、短針は2と3の間を指している。
内容はよく覚えていないが、あまり良くない夢を見たらしい。
胸のあたりがモヤモヤしている。
おそらく、原因は眠りに落ちる前に思い出していた、あの傷跡の所為だろう…。
身体をヴィヴィオから天井へと向け、大きく息を吐く。
(ユーノ君…死んでも良かったのかな?)
あの時の会話で確認しようとしていた事。
長年悩んだが、考えれば考えるほどそうだとしか思えない。

想像してみる―。
あの時のユーノを、見知らぬ土地で腹部を裂かれ、
いつ敵が襲ってくるかもわからない状態で12時間も一人で耐えるという事を。

なのはは背筋が冷えるのを感じた。
自分が怪我を負った時、すぐ傍にはヴィータが居てくれた。
だがもし、ヴィータが居なくて、しかも一人で12時間もあのままで救助を待たなければならなかったら?
きっと自分は怖くて泣きだしていた。
怪我が治っても、今のようにまた戦う勇気など持てなかったに違いない。
出会った時のユーノは、そんな恐怖を味わっていた筈なのだ。

だがユーノは言った。
すぐに出て行く、と。
一人で回収を続ける、と。
あの時はやんわりと叱りつけたが、あの恐怖を体験した今なら大声で怒鳴りつけるところだ。
命が惜しくないのか?と。

「うん、別にいらないよ」などという幻聴が聞こえたような気がしてなのはは頭を振った。
(…そう答えられるような気がして、あの時、『助けて』の意味を聞けなかったんだっけ。)
最初からどこかでそう感じていた。
あの念話での『助けて』は、飽くまでジュエルシードの封印を『助けて』欲しかっただけで、
自分の命を『助けて』という意味は、含まれていなかったんじゃないか?
ユーノの事を知れば知るほどそう思えて来ていた。
あの傷を見て、そんな疑問が一気に膨れ上がって、聞こうとして…。
もし『そうだ』と言われたらと想像して、怖くなって止めた。

仰向けの体を再びヴィヴィオへと向ける。
「ヴィヴィオ、貴女はちゃんと怖いんだよね?命を…大事にしてくれるんだよね?」
ヴィヴィオの頬を、そっと撫でる。
「ごめんね、こんな酷い事考えるママで。」
苦笑しながら、なのはは『懺悔』を始めた。

「ママね、安心したんだ。ユーノ君が当分司書を続けるって言った時。
嬉しかったの。ユーノ君が発掘にも行けないくらい忙しいのが。
嬉しかったの。ユーノ君が危ない目に合わないのが。」
そう―、最後に司書を続けるかどうかと聞いたのは、自分が安心する材料を探しての事だった。
「…今でもなんだ。
ユーノ君が無限書庫に籠りっきりになってるのを、心のどこかで喜んでるの。
発掘…、ユーノ君の趣味なのに。ユーノ君が、楽しい事奪われてるのに。」
我ながら酷い事を言っている、となのはは自覚していた。
友人が仕事に追われ、趣味に裂く時間もないのを喜んでいる。
ユーノが忙しければ忙しいほど、自分は安心できる。
そう言っているのだ。
「ユーノ君に、もうあの傷が付かないならそれでいい。
他の人が怪我しても、死んじゃっても、ユーノ君にはもう、危ない事して欲しくない。
こんな事、考えちゃダメだ、思っちゃいけないって分かってるのに…、ダメなんだ。
いつまで経っても、そんな風に考える自分を消せないの。」
淡々と話しを続ける。
初めの内は考える度に自己嫌悪で泣いていた。
だがそれも、今ではこんな風に落ち着いて話してしまえるくらいに麻痺してしまった。
「ママの3つ目に怖いものは、あの傷跡。
大事な人が、本当に命を失いかけてた証拠。
大事な人が、自分の命を軽く見ている証拠。
私の中にも、こんな醜い心がある事を教えた物。
…あれを思い出す度に、いろんな事が怖くなるの。」
そう言って、起こさないように気を使いながら、軽くヴィヴィオを抱きしめる。
「ヴィヴィオ、貴女はあんな傷…、付けちゃダメだよ?
」 なのはの眼から、一粒だけ涙が零れた。






『……着、忘れないうちに確認してね?』
テーブルに置いてある携帯からメールの着信を知らせる音声が鳴った。
先程時間を確かめた為、誰からなのか直ぐに分かった。
「…ユーノ君?」
こんな時間にメールを送ってくるのはユーノくらいなものだ。
タイミング良すぎなメールになのはは少し驚いた。
涙の痕を指で擦りながら上体を起こす。
携帯に手を伸ばしディスプレイを覗き込むと、予想通り「ユーノ君♪」という文字が浮かんでいた。
何の用だろう?と携帯を開き、内容を確認する。


「明日…今日までにって頼まれてた資料がやっと纏まったよ。
疲れた…。
今から寝て、お昼前くらいに起きようと思う。
もしなのはの時間が空いてたら、お昼は一緒に食べない?
去年は六課の所為(こう言っちゃなんだけど)で殆んど会えなかったから、
今年はいっぱいなのはに会いたい。
OKだったら返事ください、教導隊のオフィスに迎えに行きます。」


「…プフッ」
能天気なメールの内容に、何か事件かも?と身構えていたなのはは可笑しくなって笑ってしまった。
「クスッ…クフッ。…うん、…いっぱい会いたい。」
(もっと、いっぱい会おうね? 今年だけじゃなくて、10年後も、20年後も。
どうせなら、大往生って言われるくらいお互い長生きして、呆れられるほどいっぱい会おう?)
返信のボタンを押し、OKとだけ入力し、送信する。
携帯の時計が3時を回ったと告げていた。
「もう一寝なおしておかないと…。」
携帯をテーブルへと置きなおし、ヴィヴィオの眠るベッドへと戻る。
「そうだ、ヴィヴィオ学校行きたがってたね?」
JS事件が影響し、どんな悪意をぶつけられるか分からないヴィヴィオが学校に通うには、最低でも通学中の護衛が必要だと判断された。
登校はなのはが付けばいいのだが、下校が問題だった。
さすがになのはにはボディーガードを雇うような金銭的余裕はなく、
ハウスキーパーのアイナさんに護衛なんて真似が出来るはずもない。
よって、ヴィヴィオの入学は見送られていた。
学校からなのはの働き先である本局への直接転送も検討したが、教導隊のオフィスは管理局の機密の塊だ。
子供を連れ込む訳にはいかない。
だが無限書庫ならどうだろう?
機密の塊であるのは同じだが、嘱託扱いのユーノが管理し、
まださほど重要だと思われていない無限書庫はユーノの許可があれば誰でも入れる。
つまり、ヴィヴィオでも入る事が出来るのである。
「あは、上手くいくかも。」
それに、ヴィヴィオを迎えに行けば、毎日ユーノに会えるではないか。
(お昼にユーノ君に会ったら相談してみよう。あ、でもそれならヴィヴィオも連れて行った方がいいかな?
アイナさんに頼んで本局に連れて来てもらおうか。)
たった1通のメール、無論ユーノにはそんな意図はなかったのだが、
なのはには絶大な効果があったらしい。
娘の入学を可能にするかもしれない計画の構想に勤しむなのはの表情には、
もはや何の陰りもなかった。


久々の更新です。
何か…この1年、上手く書けません。
長編が…長編がァ…。(TAT;
ネトゲのギルメンに相談したりしてるんですけど…、まともな回答が帰ってきた例がない。(:.;゜;u;゜;.)
いつ書きあがるのか全く分かりません。<(_ _*)>モウシワケナイ